「皆様のNHKでございます」−−、NHKの会長らがこういう言葉を口に出し始めたのは十数年前からだろうか。戦後60年、NHKは国民のためのNHKからNHK職員のためのNHKになった。皆様のNHKとあえて言い始めたのは、本来の役割を失い、汚職などで組織が腐敗したNHKに危機感を抱いたNHK幹部の保身術のように思える。竹中総務相が受信料支払いの義務化などを骨子とするNHKの改革案を打ち出したが、改革の内容はNHKの変質という問題の本質からずれている。
終戦の混乱から高度経済成長まで、NHKはあるときは国民を鼓舞し、国の再建に一定の役割を果たしてきた。しかし、海外での生活経験を持つ日本人も増え、経済的な格差も出てくると、NHKが言う社会に一体感を持たせること自体、無理になってきたし、多くの国民がそんなことは期待しなくなった。象徴的なのは大晦日の国民最大のイベントであった紅白歌合戦の視聴率の低下だ。視聴率は覚えていないが、昔は宮田輝が司会をし、「三波春夫でございます」といった国民的な歌手が出場する紅白を見るのは当然、という考え方に疑いを持つ日本人はほとんどいなかった。
それが50%前後まで落ちてきたのは十数年前からだったように思う。個性を重視する人々にはNHKが提供する日本人としての共通の価値観、共通の情報基盤は時として押し付けがましく感じる。「紅白に誰が出てどちらが勝とうと私には関係ないでしょ」と思う。
国民はNHKに対する見方を変えているにもかかわらず、あたかも国営放送のような放送姿勢は変わらなかった。職員の給与は高額になり、一流企業以上の待遇が保証される。巨額な人件費を中心に高コスト構造ができある。おまけに、定年後の天下り先として多数の子会社をつくり、番組のカタログやビデオの販売、映像製作の請け負いなどの収益事業も幅広く手がけるようになった。
一方で番組は旧態依然としている。総合テレビの中心は各地の話題をネットワークして放送する内容だ。千葉の魚が・・・、宇都宮の百貨店が・・・、ときどきいい加減にしてほしいと思う。イスラエルとヒズボラの戦闘が激しくなってきても、当初のNHKはさわり程度しか放送しなかった。CNNやBBCなど世界の有力メディアは現地の戦闘の模様をリアルタイムで放送するととに、自国政府や各国の対応をリレーで詳細に報道しているなかで、NHKは「地域の話題」を流し続けていた。
竹中総務省は松原氏という大学教授を座長にした委員会での議論を中心に改革案をまとめているが、この委員会でNHKのあるべき姿が議論されたのかどうか疑問である。委員会はインターネットで垣根が低くなった放送と通信のあるべき姿を検討するのが目的である。ブロードバンドの急速な普及で「放送」以上の機能を「通信」がカバーできるようになった。議論を単純化すると、NTTグループとNHKの事業を分野をどのように整理するかを考えるのが目的だったといえよう。
改革案ではNHKが持つ膨大な過去の番組のインターネットによる配信は2008年に実施、海外向け放送はNHKと民放が共同で2009年の開始を目指す。受信料の支払い義務化については来年お通常国会に法案を提出する、チャンネル数は削減するというのが骨子。
NHKが本来、あるべき姿を議論し、まとめたうえで、それを実現するために改革を実施する、というのならわかるが、NTTとNHKの機能をどのように整理するかという議論からではNHK改革の本質を見誤ると思う。以下は独自に考えるNHKの改革案だ。
NHKが第二次大戦中、戦後を通じて果たしてきた役割は情報コントロールによる国民意識の高揚や価値観の標準化である。国民を戦争に駆り立て、戦後は一億総中流という幻想を国民に抱かせ、経済の高度成長を支えた。国民に共通の価値基盤を植えつける仕組みが全国のすみずみまでカバーする放送網である。
NHK改革を論じるなら民放との機能分担という視点も必要だろう。NHKの従業員は本体だけで約1万2000人。民放のキー局といわれる大手テレビ局の従業員が2000人前後なのに比べると、NHKはあまりにも巨大だ。NHKは公共放送の役割を「社会のきずなをつくること」といっている。社会のきずなをつくるために、各地の話題をつぎつぎに放送している。そのために巨大な組織、巨額の予算を維持している。
NHKだけが特権的に全都道府県に地方局を持っているような体制になっているが、NHKによる社会のきずなづくりの役割は終わった。NHKの機能を報道と教育に限定し、地方の放送局は廃止、民放なみに組織をスリム化する。地方の話題は地方のローカル局にまかせ、NHKは地方での独自放送を止める。
また、報道の自由を守る意味では政府から独立した法人であるべきで、現在のように予算などについて総務省の監督を受けるのは好ましくない。より独立色を強めた財団法人やNPOのような組織に衣替えする。
新NHKの運営資金として基金を設ける。NHKの資産を売却して、基金にプールするのである。NHKの地方の放送局のビルなどは一等地にある。また、NHKホールなどは民間の不動産会社に売却して、どうしても必要な施設はリースバックを受ける。基金には民間企業や個人からも資金の提供を求め、総額1兆円程度の基金をつくる。
教育番組については文部科学省から年間500億円程度の補助金を受ける。文部科学省が補助金を出さないというなら教育番組は止めればよい。過去の番組をネット上で展開する権利を与え、ネットビジネスから収益をあげる。また、子会社のNHKエンタープライズなどからは著作権料など応分の負担を求め、基金からの収入とあわせて、年間2000億円の収入を確保する。これが実現できれば受信料を無料にしても、国民の公共放送としてのNHKを維持できる。
日本のメディアに問われているのは報道の信頼性ではないだろうか。NHK以外にそれを実現できる放送局は見当たらない。若者に迎合した軽薄な番組ばかりが目立つ民放の仲間入りするのは避けて欲しい。金がかかるドラマやスポーツは民放にまかせて、報道やドキュメンタリー番組で日本をリードして欲しい。NHKにはそれができる人材が集まっている。
総務省はこれから改革を本格化させることになるが、NHKについてはあるべき姿について、より踏み込んだ議論が必要になっていると思う。